ある冬の寒い日、妻がつわりで苦しんでいたため、実家の母(通称ばぁば)が長男いっちゃんの面倒をみてくれていた。
この時、いっちゃんは1歳半。走り回るようになり、なかなか目が離せない大変な時期だ。
私は米子こどもクリニック(通称よなクリ)でいつも通り診療をしていた。そこへ突然PHS(簡易型携帯電話)が鳴った。PHSに電話が転送されてくるのは緊急性が高い時だ。PHSからは聞きなれたばぁばの声がした。慌てており、何を言っているのかよく分からない。
「いっちゃんが!!階段!?打って!ぼーっとして?」内容を整理すると、いっちゃんが階段から落ち、頭を打って意識がないということだ。
「やばいかもしれない」嫌な直感がした。子供は頭を打ってもすぐに泣き出せばおおむね大丈夫だが、ぼーっとしている時は危険だ。すぐに、ばぁばがいっちゃんを抱えてよなく売りにやってきた。いっちゃんは、顔面蒼白でぐったりしていた。
「頭の中に出血があるかもしれない」CT検査が必要だ。近くの医大の脳外科に電話をすると、聞き覚えのある先生の声がした。学生時代にお世話になった先生だ。状況を簡潔に伝えると、すぐ来るように言ってくれた。医者だって我が子となると焦る。先輩医師の快い対応に、私は救われた。
私には診療が残っており、いっちゃんを連れて行くことはできない。そこで妻を呼び、救急車を要請した。救急車を呼んだのは、よなクリ史上初だ。まさか、初めての救急車が我が子とは…。付き添う妻とばぁばは放心状態で、まるで現実感がないようだった。
救急車は日が暮れた道をサイレンとともに消えていった。
私は診療を再開した。いつも通り診療をしていた方が、気が楽だったのだ。PHSが鳴った!CTでは出血はみられず、意識も改善しているという内容だった。ふー、よかった。
診療が終わったころ、いっちゃんが笑顔でよなクリにやって来た。普段、生意気で腹立たしいやすではあるが、この時ばかりは思い切り抱きしめてやった。元気に帰ってきてくれてありがとう。
2013年10月23日 日本海新聞掲載